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用いること、作ること – い草と版画2024.11.16

今回のジャーナルでは、「撚る屋」での滞在を構成する、岡山の地で作られた工藝品にまつわるお話をご紹介できればと思い、い草製品を製作する須浪隆貴さんと毎来寺の住職を務める岩垣正道さんとお話をしてきました。

「撚る屋」の入り口で皆様を出迎える「縄暖簾」を製作してくださったのは、倉敷で代々い草を原料とした製品の製作をしてきた須浪亨商店の須浪隆貴さんです。

干拓地である倉敷周辺は、かつては土中の塩分濃度が高かったため、生育できる植物が限られていました。そんな環境に適していたのが「い草」でした。倉敷は、い草の一大産地として、畳表やゴザの生産が盛んに行われてきました。

1886年に創業した須浪亨商店も、須浪さんの父の代まではゴザ作りを商いとしていたと言います。しかし、父が若くして急逝した為、遺された祖母は、人手がかかるゴザ作りを辞め一人で製作ができる「いかご(い草の籠)」作りに商いを変え、生活の糧としていました。

いかごは、元々、近所に醤油を買いに行く際に使う生活に身近な道具で、畳作りに適さない材料を用いて作られた民衆的な道具であったと言います。
祖母からいかご作りを学んだ須浪さんは、旧来の形に加え、運ぶものに合わせた様々な形のいかごを考案してきました。ものを運ぶ道具としての用途を全うする確かな仕事は広く消費者に受け入れられ、今では全国の工藝を扱う店に製品が並んでいます。

撚る屋の入り口に掛けられている縄暖簾も、5〜6年前に地元の暖簾屋さんから製造方法を習い、新たに作り始めた製品だと言います。いかごを編むのは主に女性の仕事ですが、工程に力仕事の多い暖簾作りは男性の仕事だそうです。

須浪さんといえば、様々なもののコレクターであることを語らないわけにはいきません。工房には、日夜集めている倉敷ゆかりの工藝品、インダストリアルデザインの工業製品、ポケモンのぬいぐるみが、所狭しに置かれています。須浪さんが作るものが作品ではなく、製品的な味わいがあるのは、普段から愛着を持って見つめているものの多くが、使う人の幸せを祈って誠実に作られてきた製品であることに由来しているのかもしれません。

撚る屋には、通りに面した入口の横に10席ほどのカジュアルなBARスペースが設けられます。この場所は、宿泊客と町の人々が出逢う場所となることを目指しており、そんなBARのサインデザインに参画頂いたのが岡山県真庭市にある毎来寺の住職を勤める岩垣正道さんです。

毎来寺は、15世紀前半、応永年間(室町時代)に開山された歴史あるお寺ですが、長く廃寺となっていました。縁あって1976年に現住職の正道さんが28代目の住職として入山したことで再興されました。

訪れた人々を出迎えるのは、寺内の襖に剃られた板画の数々です。元は写経のつもりで始めたという板画は、30年の時をかけて数を増やし続け、寺内のどこを見渡しても書画、板画が目に入るまでに至りました。いまでは「板画の寺」として全国的に知られ、大胆さの中に独特の愛嬌のある作品を拝観するために、各地から人々が訪れています。

板画以外にも、表札の製作を頼まれることも少なくないという正道さん。板画と表札の製作は色々な点が異なるそうで、両者の違いは、使われる材木の違いからくると説明してくださいました。

表札は、屋外で雨風にさらされる為、経年での割れが少なく、水にも強い欅の木を使うそうです。反面、とても堅い樹木なので、ノミと槌を用いて力強く彫る必要があり、仕上がりも力強いものになると言います。一方で板画の場合、材木には柔らかい朴の木を選び、彫刻刀で彫り進められます。柔らかい朴の木は、細かな線を彫ることに適していると言います。

今回、BARサインは正道さんに表札の製作をお願いし、その表札をデータにおこしてから、撚る屋の中に点在する様々な他のサインと同素材で作ることで、総合的な建築として調和するよう、心がけて作られました。また、正道さんに彫って頂いた表札は実際にBARを訪れた方々に見ていただけるよう、店内に飾っております。

表札やサインと板画との違いは他にもあります。それは、表札は飾られるものであると同時に文字を見る人に伝える道具であるという点です。この道具であることが、版画とはまた違った美しさを生む要因なのだと、教えてくださいました。

用いることで生まれる美しさは、使う人の幸せを祈る想いから生まれる。祖父と孫ほどに歳の離れたお二人が、親しい友人のように会話をする様子を眺ていると、ものづくりとは、作家性や個性を誇示する為のものではなく、使う人、見る人のことを思って作られる、目には映らない温もりが宿るものなのかもしれないと、深く感じ入りました。岡山の地で生まれた工藝の深い魅力を、是非撚る屋でも体感いただけますと幸いです。

撚る屋 上沼佑也、ライター 朝倉圭一

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