EN

火の座、ひやさい、折衷2024.08.30

第一回では倉敷、第二回では倉敷は東町について、「撚る屋」が位置する場所に向かって徐々にピントを合わせるように書いてきたジャーナルですが、第三回となる今回は「撚る屋」の設計デザインコンセプトについて、ご紹介したいと思います。

「撚る屋」の空間デザインディレクションおよび内装設計は、日本が誇る伝統的な手法や感性を基に現代の生活に合わせたものづくりを行う【株式会社SIMPLICITY】が手掛けます。建築設計は、これまで数々の伝統建築の改修設計を手掛けてきた【今井健雄建築設計事務所】が担当しました。

『撚る屋』のデザインコンセプトには『かのざ』というキーワードが挙げられます。暖や⾷をもたらす釜戶や囲炉裏は『⽕の座(かのざ)』と呼ばれ、古来より祀られてきました。その⽕の神が、此の場に訪れる者を互いに結びつけ⼟地への想いを深めさせます。⼤通りから⼟間を抜けた隠微な光が差し込む路地、ひやさいの奥にはこの地における先⼈達に守られ続けてきた漆喰と⼟壁を施した建物と、倉敷の近代化遺産の象徴である煉⽡建築との美しく調和された世界が共に広がり、ともし⽕の如く訪れる者をもてなしの場、『かのざ』へと誘います。
引用:撚る屋 デザインコンセプト(SIMPLICITY)

土地の風土や、歴史を紐解くことからデザインを考えるというSIMPLICITYと今井先生、「撚る屋」においても倉敷の様々な歴史・文化を感じさせる意匠が、随所に盛り込まれています。

設計チームと話をした時に印象的だったのが、解体・再生の過程で見つかった多くの発見について、とても楽しそうに話しをしている姿でした。そして、「撚る屋」の設計においては、建物が持つ「本来あるべきこと」を当たり前に残すことができたと言います。

「撚る屋」の建物は、呉服問屋の別邸として建てられたため、来賓を招き入れる表側と、接客のために設けられた奥側とが異なる用途を持つ「商家(町屋)建築」の特徴が残された建物です。その特徴を「本来あるべきこと」として活かして、改修後は正面に開かれた「みせ」部分に飲食スペースを設け、内外の交流の場としての空間とし、宿泊されるお客様は表を抜け、建物の奥の客室へと足を運ぶ間取りとなっています。

江戸時代に作られた漆喰壁、大正時代に作られた朱色の煉瓦作り、造船技術との結びつきを感じさせる丸みを帯びた木材など、倉敷の建築には地域的特性が色濃く現れています。異なる時代背景をもつ建物同士が、違和感なく配置されている様子は、倉敷の街並みの際立った特徴の一つです。「撚る屋」においては、建物内に設けられた路地「ひやさい」が、異なったテーマを持つ四つの棟を繋ぎます。異なる時代の美しい様式が混ざり合う倉敷の街並みの豊かな文化を、建物の内側でも感じられるように設計されています。

「撚る屋」の工事現場は、作業を担っている職人さんとの対話が充実しており、楽しい時間であると言います。関わるすべての人が「残せるものはなるべく残す」という思いで取り組んだ末に、テーブル程の厚みのある床板や、1本の木から削り出された造形が美しい手すり、建物の土台を支える「つか石」が、「撚る屋」において再利用されることが決まりました。

建物を手がけた職人の想い、この場所を訪れた人々の思い出、それら多くの声なき声に耳を澄ませ、対話を重ねながら、一度は火の消えた建物は「撚る屋」として生まれ変わります。東町に新たな歴史を刻む「撚る屋」が、訪れる人々の心に穏やかな火を灯し、自然と人が集まる、街の新たな「かのざ」として、受け入れられることを目指します。

撚る屋 上沼佑也、ライター 朝倉圭一

JOURNAL